Ben Sidran 2002 Live Report



ベン・シドラン/Ben Sidran(Piano&Vocals)
レオ・シドラン/Leo Sidran(Drums)
ビリー・ピーターソン/Billy Peterson(Bass)
ロバート・ロックウェル/Robert Rockwell(Sax)

大阪ブルーノート 2002.09.11


皆さんはベン・シドランというミュージシャンをご存知だろうか? 曲を書き、ピアノを弾き、歌を唄い、プロデュースもし、自分でGo Jazzというレコードレーベルも主宰している。
技術的には巧いピアノでもないし、ヴォーカルも声量がなく、語りかけるようなヘタウマ系の歌い方だ。歌っているというよりどちらかというと喋っているような歌い方で、これを30年以上前からやっているから、ある意味ラップの元祖ともいえるかもしれない。 また、どの作品も洗練された都会的なセンスに溢れていて、音楽としてベン・シドラン独自の世界を築き上げている。
また博士号も取得していてジャズに関する著作もあり「Dr.Jazz」との異名をとるインテリ・ミュージシャンでもある。

70年代前半はボズ・スキャッグスやスティーブ・ミラーと活動を共にし、ブルージーな音を聞かせていたが、70年代後半にアリスタ・レコードに残した「Kiss In The Night」、「The Cat and The Hat」、ブレッカー・ブラザーズを擁したアリスタ・オールスターズをバックにしたモントルーでのライブ盤「Live at Montreux」などはフュージョンの隠れ名盤でもある。90年以降は自己のレーベルGO JAZZから自分のアルバムをリリースするとともにフィル・アップチャーチ、リッキー・ピーターソンらのアルバムをプロデュースしている。

このベン・シドラン、個人的にはすごく好きなミュージシャンなのだが、巷の人気は今ひとつのようで、今回の大阪ブルーノートのステージも店側が直前にかなりプロモーションしていたにもかかわらず半分くらいの入りだっただろうか。おかげで入替なしで2ステージとも見ることができた。ベン・シドランを初めて見たのは20年近く前のニューヨークのセブンス・アヴァニュー・サウスという店だった。その日演奏が始まるときに客席にいたのは私を含めてたったの3人。途中からぱらぱらと客が入ってきて十数人にはなったが、今でもこれが私が行ったライブの中での最小観客動員記録だ。
デビューしてから30年以上、コンスタントにアルバムをリリースし続けているのだから、人気がないわけはないのだろうが、なんでこんなにライブで人気がないのか不思議だ。

ステージはインストの4ビートから始まった。かなりリラックスしたノリの演奏でブルーノートのような大きくて綺麗なクラブよりも、もっとひなびた小さな店でアフターアワーズにでも聞きたいようなルーズな雰囲気だ。
2曲目からはベンの弾き語りで、彼の独特で洒落た歌いまわしの曲が続く。
この日のハイライトは1セット目のステージ中盤に差し掛かったころ彼が「今日、9月11日はニューヨークの人々にとって特別な日だ。そして今日のバンドは4人ともニューヨーカーなんだ。」と言ってかなで始めた「New York States of Mind」だった。バックのメンバーは皆何か深刻な顔をして演奏していたが、ベン・シドランは逆にクールにひょうひょうと唄っていた。もともとはビリー・ジョエルの曲だがベン・シドランは1976年の「Free in America」でカバーしている。
個人的にはこのベン・シドランの「New York States of Mind」の方がビリー・ジョエルのオリジナルより好きだ。その後この曲が数多くのジャズ・ミュージシャンに取上げられてニュー・スタンダードのようになったのはベンの功績ではないかと思う。この曲が生で聴けただけで結構満足してしまった。

また1ステージ目のアンコールではベン・シドラン一人で登場し、ピアノの弾語りで演奏されたのは「Life's A Lesson」だった。これはベンの数多くのアルバムの中でもちょっと特異な存在で、ユダヤ系のジャズ・ミュージシャンらを集めてユダヤの伝統音楽を取り上げたアルバム「Life's A Lesson」のタイトル曲だ。特に何の説明もなく演奏されたが、あえて9/11にこの曲を演奏したというのは、何かのメッセージが込められているようにも思われた。

2セット目も1曲だけインストを演奏した後、全て1セット目とは違う選曲で、歌物が続く。 43人のジャズ・ピアニストに捧げると言って歌いだした歌詞が数多くのピアニストの名前だけでできている「Piano Players」や、ジャズで一番大切なものは悪い恋愛(Bad Romance)、2番目はよい旅行代理店、そして3番目はシーフードという人を食ったような歌詞の「A Good Travel Agent」などベン・シドランならではのナンバーが演奏されていった。
「A Good Travel Agent」で英語の歌詞なので断片的にしかわからなくても「ジャズに大事なものは....シーフード!」とやると客席もどっとわいていた。

ベン・シドランの魅力はその都会的なセンス、ムードに加え、ウィットとユーモアに富んだ歌詞にもあると思う。そしてそれをひょうひょうと歌うのが何ともカッコいい。

文章や言葉でこのベン・シドランの魅力を伝えるのは難しいし、ちょっと癖があるので、あわない人もいると思うのですが、機会があれば一度聴いてみてください。(橋 雅人)

Free In America
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Kiss In The Night
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Live at Montreux
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Photo courtesey from Ben Sidran
Text by Masato Hashi
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