KORENOS Interview

KORENOSはメンバーのギターの是方博邦、ベースの須藤満、ドラムスの則竹裕之の名前から取ったバンド名だ。数年前からライブでの活動を続けているユニットだが、2004年10月にリリースした「Asian Street Style」がバンドとしては待望のデビュー・アルバムとなる。
今回はバンドのメンバー3人それぞれにKORENOSについて話を聞くことができた。

ー KORENOSは、結成してから何年になるのでしょうか。

是方:  97年からだから、7年ですね。早いなあ(笑)。もともと、難波弘之(key)、須藤満(B)、則竹裕之(ds)という4人のメンバーでやっていたんですよ。自分のソロ・プロジェクトの発展のような感じで、僕の曲が中心でした。最初の頃は、セッション色が強かったですね。  その後、難波さんが忙しくなってしまって、トリオでやってみようということになった。なんといってもトリオだとフットワークが軽いですから。そこでツアーを沢山やっているうちに、バンドサウンドができてきたんですね。  その後、僕のソロアルバムでKORENOSのメンバーで録音したこともあったんですが、一度KORENOS名義でアルバムを出そうということになったんです。

ー なぜ、是方さん名義ではなく、KORENOS名義にこだわったのですか?

是方: やっぱりバンド好きやもん(笑)。中学のときから、バンドをやって育ってますやん。音楽をそういうところから始めてますからね。ミュージシャンってそういう人が多いんじゃないかな。やっぱりセッションとバンドは違いますよ。セッションには花火みたいなよさがある。それに対してバンドは、作り上げていく、ひとつのことを突き詰める面白さがある。それは音楽にとってすごく重要なことなんですよ。

Asian Street Style
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ー 須藤さんは、バンド名義になって特に心境の変化などありましたか?

須藤: 特にはないですね。むしろ「自分の所属バンドのアルバムだから」と入れ込みすぎないよう、ニュートラルな精神状態や演奏スタイルを心掛けたところはあります。

ー 日本のフュージョン・バンドだと、ギタートリオは、まだまだ少数派じゃないでしょうか。

是方: そうかな? でも、僕らはただのフュージョンではないというか、スピリットも違うような気がするんですね。若い頃には、インストものからインスピレーションを受けて曲をかくこともあったけれど、最近はほとんど歌ものですよ。

ー お店で棚を分けなきゃいけない都合もあるし、KORENOSは一応フュージョンには分類されていますし、このサイトも「サイバーフュージョン」ですけど(笑)、なんとなくフュージョンって呼ぶのは確かに違和感あるサウンドですね。せめて、ロック・フュージョンとか。

是方博邦
1955年大阪生まれ。77年『桑名正博&ティアドロップス』に参加。「セクシャルバイオレット No.1」でベスト10の1位になり全国ツアー。79年『高中正義グループ』に参加。81年『KOREKATA BAND』でソロ活動開始。82年『松岡直也グループ』にリードギタリストとして参加。(フランスのニースジャズフェスティバル、スイスのモントルージャズフェスティバルに参加。)83年1stソロアルバム「KOBE KOREKATA」でデビュー。 以後、神保彰、櫻井哲夫の『JIMSAKU』とのセッション、『野獣王国』等で活躍。98年には安藤まさひろ(T-SQUARE)、野呂一生(カシオペア)とのギタートリオ『OTTOTTRIO』で、アルバム「TRIPTYCH」をVillage Recordsよりリリースしている。2000年、須藤満、則竹裕之らをレコーディングメンバーに迎え、「PLANET GUITARMAN」、2002年、「Dancer」をリリース。
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是方: そうそう。KORENOSをはじめた頃よりも、今のほうがフュージョン色は薄まっているかもしれない。楽曲の方向性とかを考えてもね。自分のスピリットはどこにあるんだろうって、長年やっていると考えるんですよ。
 僕の場合、それはロックやブルースなんです。途中でジャズをかじったから、3者が混ざっていて、自分なりに料理しているんだけれど。今思えば、以前はフュージョンに近かった時期があったけれど、最近はどんどんロックやブルース寄りになっていますね。僕のそうした変化を則竹君と須藤君が理解して、ふたりのサウンドも変化していく。そこから融合して3人のサウンドができていくわけです。

則竹: 僕は是方さんのことをロックとも、フュージョンとも、ブルースとも思っていなくて、あくまで是方さんの音楽だと思っているんですよ。そこでどれだけ冒険できるかを追求しているわけです。同じプレイヤーであっても毎回演奏するたびに違ってくるわけだし、僕の場合スタイルというのはあまり考えていないですね。そのときに、音からどれだけのものを汲み取ってキャッチできるかということに関心があります。

須藤: 変化したとすれば、それはアレンジ上のことじゃないかな。僕自身については「是方さんの演奏にインスパイヤされた演奏を」という部分の関わり方的には、何も変わっていないです。変わったとすれば、ベースの音色の部分でしょうかねぇ。少しだけローの辺りを充実させた感じにはなってます。

ー KORENOSの歴史を振り返ると、2〜3年ぐらい前から、曲にコーラスが入りはじめたあたりから、かなり変化が起こってきたような気がするんですよ。はじめてKORENOSのライヴで歌を聴いたとき、確か「ラフレシア」とか「クラッシュ・オン・ユー」だったと思うんですが、歌の部分は笑うところだと思って笑ってしまった記憶があるんです。失礼なことで、申し訳なかったと思うんですが。あのときは是方さんと須藤さんが歌うときに、こっちまでドキドキして、ハラハラしちゃって。

是方: ハハハ。いいんですよ、笑ってもらって。僕らも最初は、歌うときにはすごく緊張してたなあ。

ー それが今では、おふたりが歌う場所は、笑うところって感じもないし、安心して聴けますね。

是方: KORENOSって、3人でどこまでできるのか実験しているような面があるんですよ。あるとき、「そうだ、口が余ってるじゃないか!」と気がついて(笑)。もう、下手でもいいからやっていかないことには、前に進めない。どこまでのものが見えるかやってみようと、根性を決めたんですよ。とにかく枠を破りたかった、そのためには何でもありだと。結局、コーラスをはじめたことは、KORENOSにとって大きなプラスになりましたね。

ー 則竹さんは、是方さんがコーラスを始めたころ、どんなふうに思っていましたか。

則竹: 歌って感情がストレートに出ますよね。是方さんはロマンチストなところがあるから、歌は好きだろうなと思ってました。

ー 「ラフレシア」は、「エイジアン・ストリート・スタイル」というコンセプトの原点となった曲だそうですが、これも「ラフレシア〜」ってコーラスが入っていますよね。須藤さんは、歌うっていうことになったとき、どんな反応をしたんですか?

是方: ちょっとは躊躇したでしょうね(笑)。トリオだと目立つから。でも、須藤君はカラオケやセッションでよく歌ったりしていたし、楽器を弾きながら歌える人だったので、結構スムーズでしたよ。

ー 須藤さんは、はじめてKORENOSで歌おうと是方さんにいわれたとき、どう思いましたか?

須藤: 「よっしゃ、やりましょ!」って感じでした。ちなみにカラオケも嫌いじゃないんで(笑)。

ー 実際にステージで歌い始めて、いかがでしたか? 

須藤満
中学時代から音楽に興味を持ちベースを手にする。高校時代より本格的に楽器に取り組み始める。高校卒業後、教員を目指し東京学芸大学教育学部に入学、数学を専攻する。同時に自己の音楽表現においてジャズの必要性を感じ、ジャズ系サークルに参加、マーカス・ミラー、バーニー・ブルーネルらに強く影響を受ける。同サークルの友人が偶然にも則竹裕之の友人でもあったことから則竹の薦めでオーディションを受け、86年11月『THE SQUARE』に加入。その後スクェアでは、卓越したベーステクニックのみならず、楽曲の提供やライブでのMCを担当する等、その人柄からもバンドのスポークスマンとして才能を見せていた。97年には神保彰らを迎え、初のリーダーセッションアルバム「Favor Of My Friends」をリリース。2000年、T-SQUAREを卒業し、『KORENOS』や様々なアーティストのサポート・ライブセッション・スタジオワーク、自己のグループで活躍中。2003年には「Favor of my friends 2003」をリリース。
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須藤: 「自分らが演る楽曲の一つの大事なファクター」だとは思っているので、精一杯やってます。お客さんに届けるに値するコーラスができてる自信は全然ないんですけど、いかに「入り込む」かを個人的テーマにしていますね。

是方: 最近、前よりもコーラスが決まってるでしょう?

ー ええ、聴くたびに上達いちじるしいというか。やっぱりKORENOSは是方さんと須藤さんのコーラスでないと、しっくりこない感じ。

則竹: うしろで聴いていて、ライヴを重ねるたびに、歌の技術がどんどん進歩しているのがわかりますね。ハモりもしっかりしてくるし。

ー 将来、則竹さんもコーラスに加わる予定はあるんですか?

則竹: いや、僕は特に歌いたい欲求が強いわけではないので(笑)。演奏しながら歌うと、楽器のほうに注意力を向けるのが大変になりますから、ふたりが歌っているあいだは僕がしっかり土台をつくる役割を担当しているということで。

是方: 今では、KORENOSのバンド・サウンドの一部として、コーラスは欠かせないものになりましたね。「ラフレシア」は、この前に僕が出したソロアルバムの「ダンサー」に入っているんですが、そのときは鈴木桃子さんに歌ってもらったんですよ。彼女が歌うと、とてもきれいで爽やかなイメージになってね。あれもよかったんだけど、今思えば、自分たちで頑張って歌ってもよかったかな、とも思っているんです。僕らが歌うと、もっとおどろおどろしい感じになるでしょ(笑)。

ー ええ、桃子さんバージョンと、最近のライヴで聴く「ラフレシア」は、明らかに違ってますね。曲の前フリで、是方さんが「夜にぶわ〜っと開く、くさ〜い花・・・」って、おどろおどろしい声でいつもお話をされますが、桃子さんの歌だと、くさい花にはとても思えない、絶対いいにおいがしていそうな(笑)。

是方: そうそう(笑)。一度だけなんだけど、「ラフレシア」をKORENOS以外でやったことがあるんですよ。須藤君が「好きな曲だから」っていってくれて、彼のセッションで。ドラムは小森啓資さん、キーボードは難波弘之さんだったかな。そのとき、ああ、やっぱりKORENOSでやるのはまったく違うなあと思いましたね。ちょうどその頃、アルバムの「ダンサー」を作ったりしながら、KORENOSの個性ってなんだろうと考えていて。そこで「ラフレシア」の無国籍な感じが、KORENOSの個性なのかなと思ったんです。

ー ラフレシアって、同じパターンを延々と繰り返していて、まったりした独特の雰囲気がありますよね。

是方: 同じパターンをずっと繰り返しながら、メロディはどんどん展開していくんだけど、実は、それってフュージョンにはあまりなくて、歌ものに多いパターンなんですよ。特に昔のファンクやブルースに多い。ジェームズ・ブラウンとかね。同じパターンを繰り返すのは、シンプルで難しいんですよ。今回のアルバムだと、1曲目の「アステカ」も、同じパターンの繰り返し。2曲目の「エイジアン・ストリート・スタイル」は跳ねているブルース・ロック系で、やっぱりそういう要素があるし、3曲目の「蛇の財宝」なんかもドラムがずっと同じパターンをやっているわけ。結局、ひとつの曲に、ひとつのグルーヴっていうのが好きなんやね。  

ー 確かにKORENOSの曲って、ひとつの曲にひとつのグルーヴっていう感じが強いです。

須藤: 僕なんかはジャズのトリオのベースのように縦横無尽に動き回るスタイルも好きなんですが、KORENOSの場合「何もしないことに頑張る」(笑)ことで、妖しい雰囲気が出たりする、そういう部分を覚えましたね。

ー KORENOSでの須藤さんのプレイは、シンプルに気持ちよいリズムを刻む感じが強いのですが、ご自分ではどのように意識されていますか?

須藤: たとえば「Asian Street Style」のラインは是方さんに提示されたラインを自分なりに膨らませて作っています。気をつけた部分としては、基本のラインはできるだけ音を伸ばすことと、キメなどで短く切る所のメリハリですね。もっとも、これはどんな曲にも言えることなんですが。

是方: できるだけシンプルでいいメロディーを書きたいというのが、最近の僕のポリシーなんですよ。シンプルなところでものすごくグルーヴして、楽器を歌わせる。それは僕のテイストなんだけど、ほかにも則竹君と須藤君のテイストがあって、それが混ざっているんですね。

則竹: まあ、そのへんは音楽ですから、とても繊細なことで。結局は一音一音の微妙な関係で、音に込められた思いや魂、音の粒子の問題になってくる。やっぱり理想は、ジャンルに関係なく、一音弾いただけでも、音の粒子が輝いている状態じゃないかな。ひとりひとりがどう輝きたいのかが、そこと関係していくるんだと思いますね。

是方: KORENOSは3人しかいないから、誰かひとりでも歌っていないと、すぐに崩れる怖さもある。それでも最近は、3人しかいないから寂しいっていうのとは逆に、空間を楽しめるようになってきた部分もあります。3人だと、ひとりひとりの個性がすごく出るしね。

ー 是方さんは、以前は単音でメロディを歌い上げるプレイ・スタイルの印象が強かったんですが、KORENOSをやっているうちに、だんだん和音でメロディを弾いたりすることが増えましたよね。ギターの開放弦を伴奏みたいに鳴らしながら弾くようになったり。

是方: そう、そのへんは追求しているところなんですよ。たとえば「ラフレシア」のキーはDなんだけど、ギターの開放弦のDをずっと鳴らして、広がりを出してみたりね。

ー ずっとレの音が鳴っているのって、インドあたりの音楽の感じと似ているような気がします。

是方: うん、まさにインドの音楽なんか、まさにそれですね。

ー 今回のアルバムでは、則竹さんまで自分の曲でコーラスを入れているので、正直びっくりしました。則竹さんの曲は、ずいぶんトリッキーですね。

則竹裕之
1964年大阪生まれ。父親がジャズドラマーであったことに影響を受け、小学生時代からドラムを始める。中学校時代から本格的に取り組みだし、父親の厳しい指導の元、あらゆるスタイルの研究に練習の日々を費やす。高校時代から特にジャズ・フュージョン系の音楽に傾倒し、スティーブ・ガッドやスティーブ・ジョーダンに強く影響を受ける。神戸大学に進学する傍ら、『パーティー・ジョーク』という実力派アマチュアバンドでドラムを叩き、その活動が『THE SQUARE』の目にとまり、オーディションを経て85年8月正式加入。T-SQUAREでの活動にとどまらず、是方博邦、本田雅人、SOUL BOSSA TRIO、櫻井哲夫、渡辺香津美等様々なライブやレコーディングに参加。99年には待望のソロアルバム「Dreams Can Go」をリリース、メロディ・メーカーとしての才能も発揮した。そして、2000年『T-SQUARE』を卒業し、「ドラマー・則竹裕之」として再スタートを切った。クラシックからポップスまでジャンルを問わず様々なセッションやスタジオワークで活躍中。
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則竹: あの曲をKORENOSに持ってきたのは、アルバムのなかにこういう曲があっても面白いかな、ということだったんです(笑)。「拍子がわかりにくい」ってよくいわれるんですが、普通の4分の3拍子なんですよ。自分にとっては自然なアクセントなんだけど、難しく聴こえる人もいるらしくて。人によって、持っているパルスの形があるんでしょうね。

ー この曲では、是方さんがギター1本でメロディと、バッキングと、流れている和音と、全部ダビングしたんですよね。

是方: うん、頑張りました(笑)。リズムどりが終わって、夜の10時ごろからギターの録音をはじめたんだけど、終わったのは朝の5時ごろだったかなあ。

則竹: いや、ほんとうに頑張っていただきました。

ー 須藤さんの「サンセット・コルコバード」は、是方さんがタイトルをつけたそうですが。

是方: あれは一休みな感じの曲なんですよね。トラックダウンをしているとき、ブラジルのリゾートの海で、夕日を見ているような感じだってスタッフの人と話していたら、そのタイトルになったんですよ。

ー 「サンセット・コルコバード」は、どんなふうにしてできた曲なのですか?

須藤: ギターのアルペジオの上でベースがメロディを、というのがまずありました。フォークソングの弾き語り的な発想ですね(笑)。後半の転調は、曲を作って行く中で自然に 出て来ました。

ー これまで7年間のKORENOSの活動をふりかえると、どんなことを考えますか?

須藤: 7年間の活動があって、今回の「アジアンテイスト」というコンセプトのアルバムに行き着いた感はありますね。初め、是さんの曲を3人で演奏するという所から始ま り、活動して行く中で「ラフレシア」が出来、一時期ジャムバンドスタイルに行きか けた時期もあったけど、僕は「なんか違うな」と思ってて…なんていうのを経て「ラ フレシア」の方向に戻って来たという経緯がありますからね。あとは「たくさんライ ブ演ったよなぁ」という(笑)。北海道で移動中に車がひっくり返って、でもその日の ライブを全うしたのは一番の思い出ですね。今は笑い話にできますけど(笑)。

是方: お客さんに聴いてもらって、リアクションを受けて、拍手をもらって、そこからエネルギーが出てくる。アコースティック・コーナーなんかでも、メドレーになっていてリズムもめまぐるしく変わるし、演奏するほうは大変ですよ。だけどバシッと見事に決まったときに、お客さんたちが大喜びして、ものすごい笑顔になって拍手してくれているのを見るとね、「ああ、僕らの演奏を聴いて、こういう顔になってくれたんや! やってよかった!」って、思いますね。あの感じは、ステージで実際演奏した人でないとわからないかも(笑)。

ー では、これからもライヴで盛り上がるぞ、と。

是方: そうですね。これからもっとKORENOSは進化すると思うし、今回アルバムを作ったことでひとつ上のステージに行けたと思います。いまツアーが始まったところなんだけど、アンケートに「これまで聴いたKORENOSのなかで一番よかった」とか書いてあったりしてね。演奏の意識がやっぱり変わってるのかもしれない。でも、自分たちのことって自分ではよくわからないんですけど。もちろん。次のアルバムもつくりたいし、ゆくゆくは海外でもツアーをやりたいですね。

須藤: 「3人でやることの意義」という所をもっともっと突き詰めていけたらな、と思います。聴いて下さる皆さんには、3人だけの隙間だらけの演奏から和音が聞こえて来て、そこからアジアにとどまらない、色んな世界や情景をイメージしてもらえたら、幸せですね。

2005年 KORENOSライヴスケジュール

1月7日 浜松 LiveHouse 窓枠 (問)053-451-3035
1月8日 名古屋 THE BOTTOM LINE (問)052-741-1620
1月9日 岡山 Desperado (問)086-225-5044
1月10日 高知 Caravan Sary (問)088-873-1533
1月12日 宇部 Big Hip (問)0836-29-0434
1月13日 広島 Bad Lands (問)082-222-0971
1月14日 神戸 チキンジョージ (問)078-392-0146
1月15日 京都 Live Spot RAG (問)075-241-7273
1月16日 福知山 Farm (問)0773-24-0694
1月18日 高岡 もみの木ハウス (問)0766-24-1987
1月21日 高円寺 JIROKICHI (問)03-3339-2727
1月22日 三島 After Beat (問)055-973-3973
1月28日 六本木 STB139 (問)03-5474-0139 ※ <ゲスト> 伊東たけし(Sax)、和泉宏隆(P)、大儀見元(Per)



文・山本美芽(http://homepage1.nifty.com/mimetty)
写真:UEHARA MOTO
Thanks to RAGMANIA

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